Mr. MD.Mubinul HOQUE (バングラデシュ・四日市大学・大学生)
みなさん、私の祖国のバングラデシュを始めとする南アジア諸国の人々が、日本についてどのようなイメージを抱いているかご存じでしょうか。南アジアの多くの人々は、世界有数の経済大国として驚異的な発展を遂げ躍進する日本を、現存するユートピアとしてイメージしています。そして、日本に暮す人々は、経済的な繁栄をバックに、優雅な生活を謳歌する「幸福な人々」だと考えています。これは、日本の経済力や技術水準の高さに加え、勤勉で礼節を重んじ平和を尊ぶ日本人を好意的に報道する南アジア諸国の様々なメディアにより、長年にわたり築き上げられた日本および日本人に対するイメージなのです。
わたしの祖国バングラデシュは、1971 年にパキスタンから独立し、すでに37 年経ちましたが、経済状況は低迷を続け国民の暮しは一向に改善されず、今だに貧困から抜け出すことができません。バングラデシュの国民にとって「幸せ」とは、今だに手に入れることのできない絵に描いた餅なのです。そのバングラデシュに、日本政府は長年にわたり資金や技術協力を続け、国家建設に大きな貢献を果してきました。わたしたちバングラデシュ人は、日本に対し感謝の気持ちを忘れたことはありません。
3 年前、わたしは、その憧れの日本へ幸運にも留学することができました。近代的な都市に住み、豊かな物質文明を贅沢なまでに享受しながら幸せそうに暮す人々の姿と祖国のバングラデシュとのあまりの格差に、わたしはこれまでに経験したことのない大きなカルチャーショックを受けました。
全国至る所に設置された自販機では常時温かいコーヒーが売られ、24 時間営業のコンビニではお弁当やおにぎりまで売られている。鉄道や高速道路は目的地への短時間の移動を可能にし、電話一本でタクシー、救急車、そしてピザの配達まで自宅に出向いてくれる。家庭には、様々な家電製品が溢れかえる。日本は正に現存するユートピアでした。わたしは日本に来て初めて豊かさに囲まれた「幸せ」を実感しました。
テレビでは、全世界が最も関心を寄せる地球の温暖化や環境問題に、京都議定書の発効を機に積極的に取組む日本の頼もしい姿が映し出され、わたしの日本贔屓はますます強まるばかりでした。
しかし、その思いは残念ながら徐々に薄らいでいきました。それは、年間3 万人を超える膨大な自殺者数、毎日のように発生する親族間での殺傷事件や強盗・窃盗事件など、暗いニュースを見聞きする回数が増えていったからです。わたしは日本のこの現実に大きな衝撃を受けました。
わたしは、日本の友人や知人に「幸せですか」と尋ねてみました。答えの大半は「いいえ」でした。豊かな日本でなぜ人々は「幸せ」を感じられないのか。わたしは理解に苦しみました。
日本は戦後、短期間で高度経済成長を実現させ経済復興を成し遂げ、その間国民は生活の便利さと豊かさを手に入れるために懸命に働き、やっとの思いで「幸せ」を手にしました。その「幸せ」な日本がなぜ。
わたしは考えました。経済の繁栄を基に「物質的な豊かさ」を手にした日本社会は、人と人が互いを気遣う「思いやり」を必要としない殺伐とした物質主義社会に変ってしまったのではないか。機械化された生活の中で、人々は「心」や「命」を大切にすることを忘れてしまったのではないか。
バングラデシュには自販機もコンビニもありません。家には電化製品は数えるほどしかありません。しかし、それでも何も困ることはありません。洗濯は手でします。掃除は箒で掃きます。買物は歩いて行きます。多少の時間と労力は必要ですが、人の手足でみんなしっかりと生きています。
驚かれるかもしれませんが、わたしの実家では家の玄関に鍵をかける習慣はありません。近所の人は調味料がなくなれば自由に私の家に入って借りていきます。お互いを信頼し助け合いながら生きています。貧しくても人の家の物を盗んだり、人を傷つけたり、一人で悩むことなどほとんどありません。何か問題が起これば近所の人たちが自分のことのように心配し相談に乗ってくれます。助けてもくれます。人間同士の「心」の繋がりがあります。他人を気遣う「思いやりの心」があります。
わたしは、今、コンビニでアルバイトをしています。そのコンビニでは毎日3 回、賞味期限切れの食品を大量に廃棄処分しています。「もったいない」。廃棄処分する度に、わたしは心がとても痛みます。処分されるお弁当の裏側には材料の輸入国が記載してあります。ほとんどが食糧事情に苦しむ発展途上国です。先進国の国名はほとんど見かけません。貧しい国々から輸入された貴い食糧が、毎日、いとも簡単に捨てられています。わたしは日本の豊かさが、かつての日本には生きていた「思いやりの心」を失わせてしまったような気がしてなりません。
日本がいつまでもわたしの敬愛する国であってほしい。かつてのように「人の心」と「思いやり」を大切にする日本社会にもう一度立ち戻ってほしい。日本が名実ともに南アジア諸国のイメージする真のユートピアになる。その日の到来を、わたしは心から待ち望んでいます。
日本のみなさん、忘れていませんか。今一度、思い出してください「思いやりの心」を。